2022.11.30
主に発達期(18歳未満)から知的機能に関して何かしらの障害が見られ、日常生活の中でさまざまな課題が生じる障害ですが、目に見えず、個人差も大きいため、障害に気づくのが難しいのも特徴です。
また知的障害はASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)など、他の発達障害と併存することもあります。
知的障害の中でも、とくに「軽度知的障害」はなかなか気づかれにくいことが多くあります。この記事では「軽度知的障害」に着目し、どういう症状が見られるのか、支援方法にはどんなものがあるのかなどご紹介します。
監修
井上 雅彦
鳥取大学医学系研究科臨床心理学講座教授。応用行動分析学が専門。30年以上ASD(自閉スペクトラム症)のある子どもや家族の相談、療育・家族支援プログラムの開発に携わる。
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知的障害とは、知能指数・適応能力・発達期という3つの基準をもとに、社会生活を過ごすうえで困難さを感じ、支援を必要としている状態のことを指します。
その中でも軽度知的障害(軽度知的発達症)は、知的能力が実年齢よりも低い知能指数(IQ)50〜70の水準にとどまり、適応能力が正常またはやや遅れがある状態を指します。
詳しくは以下の通りです。
知能指数(IQ)の基準としては、おおむね70未満であることを指します。
読み書きや計算を行ったり、物事を理解し、考え判断したりする思考能力のことのことで、知能検査によって測定されます。
適応能力の基準としては、日常生活や社会生活への適応スキルが低いことを指します。
集団のルールを守ったり、集団の中での自分の役割を果たしたり、他人と良好な関係を築くなどの能力のことで、臨床評価および標準化された評価尺度により評価されます。
基準としては、幼少期や青年期を指し、主に18歳以下の時期に生じていることを指します。
さらに詳しい診断基準については、「軽度知的障害の診断基準」で解説します。
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軽度知的障害の特徴としては、下記のようなものが挙げられます。
ただし、症状の表れ方には個人差があるため、すべての特徴が軽度知的障害を持つ人に当てはまるとは限りません。
・知能指数(IQ)が50〜70程度
・食事や衣服着脱、排泄など日常生活スキルには問題がないレベル
・言語の発達がゆっくりで、大人でも小学生レベルの学力に留まることが多い
・漢字の習得が困難な場合がある
・集団参加や友だちとの交流は可能だが、コミュニケーションがパターン化されていることが多く、年齢に対して未熟
・記憶や計画、感情のコントロールが苦手
軽度知的障害の原因と考えられる要因は、大きく分けると3つに分類されます。
遺伝子や染色体の異常など、先天的な原因を持つケースです。
病気や外傷など脳障害をきたす疾患を持ち、これらの病気の併存症として知的障害が一緒に起きた場合は「病理的要因」と呼びます
一方、特に疾病がなくても内的原因によって知的障害を発症する場合は「生理的要因」と呼んで区別します。
軽度知的障害および知的障害の原因の約8割が内的要因と言われています。
出生前後に起こった事故や養育環境による外的な要因が原因となるケースです。
具体的には、出生前に母体を通じて感染症や薬物・アルコールの大量摂取を行った場合や、乳幼児期に栄養不足だった場合などが挙げられます。
出生時のトラブルで脳蓋内出血が起きたり、へその緒がねじれて脳に酸素が行かないことにより脳に重大な障害が残った場合などを指します。
周産期医療の充実や進歩により発生しにくくなっています。外的要因も環境要因の一部と考える場合もあります。
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知的障害の一部は確かに遺伝子的な原因により起こり得ます。ただしそれは「知的障害が親から子に単純に遺伝する」ことを意味するものではありません。
親が知的障害の原因となる素因を持っていても、必ず子どもに遺伝するとは限らないうえ、逆に親が知的障害の原因となる素因を持っていないからといって、子どもが知的障害になる可能性が全くないと断言することはできません。
遺伝性疾患のほとんどは正常な遺伝子や染色体が突然変異を起こすことによって発症するため、遺伝子の変異は誰にでも起こり得るものであるという認識をもっておきましょう。
知的障害は、軽度に加えて「中度」「重度」「最重度」の4種類に分類され、それぞれ症状や特徴が異なります。種類によってだけではなく、個人によっても症状は異なるので注意が必要です。
・おおむね知能指数(IQ)は35〜50程度
・言語発達や運動発達に遅れが見られる
・身辺自立は部分的に可能だが、すべてを行うことは難しい
・おおむね知能指数(IQ)は20〜35程度
・言語発達や運動発達が遅く、学習面ではひらがなの読み書き程度に留まる
・情緒の発達が未熟で、身辺自立が難しく衣食住には保護や支援が必要となる
・おおむね知能指数(IQ)は20以下
・言葉が発達することはなく、叫び声を出す程度に留まることがほとんど
・認識できるものは目の前にある物理的な物に限るが、親を区別して認識することが難しいことも
・身の回りのことには常に支援を必要とし、自ら日常生活の行動を行うことは難しい
知的障害の診断・重症度の判定は、知的能力を表す知能指数(IQ)と日常生活への適応能力を総合的にみた上で、これらが発達期(18歳以下)に発症したかどうかで判断を行います。
重症度は知的障害の種類の通り「軽度」「中度」「重度」「最重度」に分けられます。
専門機関によって知能指数(IQ)の基準は多少異なります。例えば軽度をIQ69までとする専門機関もあれば、70までと置いている専門機関もあります。
知能指数(IQ)を測る主な方法としては、ウェクスラー式知能検査が挙げられます。
・2歳6ヶ月〜7歳3ヶ月の幼児用「WPPSI」
・5歳0ヶ月〜16歳11ヶ月までの児童用「WISC」
・16歳0ヶ月〜90歳11ヶ月までの成人用「WAIS」
という分類があり、全般的な知能指数(IQ)が求められるだけでなく、個人の強みや苦手について下位検査を用いて導出し、総合的な判断をすることができます。
他にも、田中ビネー知能検査Ⅴ(ファイブ)や新版K式発達検査などの方法があります。
知的障害の診断を行う際は、知能指数(IQ)による分類だけではなく、適応能力も踏まえて最終判断を行います。
上の図は、横軸に「日常生活能力水準」、縦軸に「知能指数(IQ)」の程度を表しています。
横軸の「日常生活能力水準」がaに近づくほど自立した生活が難しく、dに近づくほど自立した生活ができることを示していて、同じように縦軸の「知能指数(IQ)」はⅠに近づくほどIQが低く、Ⅳに近づくほどIQが高くなることを指します。
軽度知的障害の場合は、生活能力がb〜d、IQがⅣに当てはまります。
ただし、知能指数(IQ)が基準より低くても適応能力が一定高い場合は軽度知的障害(図で言うと ※あ の部分)、逆に知能指数(IQ)が基準より高くても適応能力が低い場合は中度知的障害(図で言うと※いの部分)に分類される場合もあります。
診断の際には、これら検査結果と生育歴や行動観察などの臨床診断による、医師の総合的な判断が必要となります。
知的障害はダウン症やASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、てんかんなど、他のさまざまな障害と合併して表れることがあります。
例えば、他の障害が目について知的障害は見過ごされるというケースがあれば、言葉によるコミュニケーションや日常生活スキルが一定あることから気づかれにくいケースもあります。
年齢別に見られる軽度知的障害の症状を下記に挙げますが、他の障害の特性として表れている可能性もあるので、参考程度に確認してください。
・言葉の遅れが見られる
・抽象的な時間や数量の概念を理解することが難しい
・簡単な質問に答えられない
・周囲の友だちとうまく遊べない
学校の勉強についていけない、読み書きや計算に困難がある
・日常生活の行動がスムーズにできない、時間がかかる(指示があればできるなど)
・対人関係がうまく築けない、学校生活に不適応が見られる
・自分なりのこだわりが強い
・言葉に幼さがある
・見通しを立てたり計画的に行動することが苦手・
・物事を記憶することが難しい、言われたことを覚えていない
・自分の考えに基づいて意思決定することが苦手、金銭トラブルに巻き込まれやすい
・複数のことを並行して実施することに困難を感じる
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軽度知的障害は、周りから気づかれにくい障害の一つです。学齢期になって本人が困難を感じるようになっても、困難が表出されないと診断を受けないでその症状に気づかないケースもあります。
勉強についていけなかったり、対人関係に困難があったりしても「本人の努力不足」と周囲から責められ、自尊感情が傷つけられることも少なくありません。
また本人や保護者、周囲が「軽度知的障害である」ということをなかなか受け入れられないケースも存在します。
そのような状態が長く続くと、本人にとってもストレス負荷が高く、気分の落ち込みや不安に伴う精神疾患(抑うつなど)の発症や、引きこもり・暴力・不登校などの問題行動が二次障害として表れるリスクもあります。大切なのは「軽度知的障害」の状態を理解し、適切な支援を行なっていくことです。
軽度知的障害と言っても、その症状の表れ方には個人差があります。
周囲の人は本人の様子をよく観察して、軽度知的障害のどのような特性が表れやすいのかを把握する必要があります。そのうえでどういった合理的配慮を得ることができれば、場面に応じて発生する障害・困難さを取り除けるのか、個別の調整や変更を行なっていくことが求められます。
また軽度知的障害による抑うつ、不安障害、引きこもりや暴力・暴言などの二次障害や、知的障害を原因とした問題行動が見られる場合は、叱ったり責めたりするのではなく、その行動の背景にある原因を理解することが大切になってきます。
本人にとっても周囲にとっても、軽度知的障害を理解し、受け入れるには時間がかかることもあり、そのスピードは人それぞれです。無理に急いで受け入れようとしても、心理的負担が大きくなりかねないため、適切に医療機関や支援機関、学校などと連携・相談しながら、自分たちのペースで軽度知的障害と向き合っていきましょう。
軽度知的障害と医療機関や専門機関で診断された場合、さまざまな支援が受けられます。
児童相談所または知的障害者更生相談所において、「知的障害がある」と判定された方に交付される手帳を「療育手帳」と呼びます。
療育手帳を取得することで税金の控除や減免、各種交通機関の割引、公共料金やレジャー料金の割引や減免など、さまざまなメリットがあります。他にも、保育・教育面での援助や、就労に向けたサポートにも療育手帳が役立ちます。
例えば、園や学校で加配申請(=園生活や学校生活を支えるべく、配慮を加える補助の先生をつけるための申請)がスムーズになることがあります。
保健センター、子育て支援センター、児童相談所、発達障害者支援センターなど、さまざまな専門機関で障害や子育てに関する相談ができます。
一方、療育センターや児童発達支援事業所などに通って療育を受けるためには、「療育手帳」とは別に「通所受給者証(通称:受給者証)」が必要になります。
療育センターや児童発達支援事業所などで療育を受けたり、専門的な知識を持ったスタッフに相談したりすることで、その子に合ったサポートが受けられます。
例えば、好きな物を使って遊びながら言葉を発するように促したり、言葉と実物がマッチするように反復練習を通して経験を積んだりといった、さまざまな療育が行われます。
軽度知的障害がある子どもに対して分かりやすく指示が伝わるよう、親側が伝え方や考え方を学ぶペアレント・トレーニングを実施している事業所もあるので、細かい支援の内容については各事業所に問い合わせてみてください。
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軽度知的障害の診断があるとき、子どもの場合と大人の場合で、利用できる事業所などが異なります。
「知的障害者更生相談所」とは、18歳以上の知的障害のある方が対象となり、日常生活・仕事などの相談や職業判定、療育手帳の判定・交付を行う場所です。都道府県や市ごとに設置されています。
子どもの時には知的障害の診断はなかったものの、大人になってから、仕事の面で困難を感じ、専門機関に相談したところ知的障害と診断されるケースも存在します。
その場合、働き方を変えることも必要になります。
ハローワークには、障害のある方の就職を支援する「専門援助部門」があり、知的障害を持った方を含め、さまざまな障害のある方の就労をサポートしています。
就労移行支援事業所では、一般企業への就職を目指す方がビジネススキルの獲得などを含め、求職〜就職・定着までの幅広いサポートを受けられます。
他にも障害者就業・生活支援センターでは、就業面と生活面の一体的な相談ができるなど、それぞれの事業所に特徴があります。
日常生活を送る中で、賃貸契約や売買などの意思決定をする場面があります。
障害が原因となり判断能力に不安がある場合は、判断能力の程度に合わせて「補助人」「保佐人」「成年後見人」をつけることで、意思決定の際にサポートを受けられます。
必ずしも知的障害があるときに成年後見人制度を利用しなければならないわけではありません。
制度の利用には申請や金銭的な負担があるため、症状の程度や抱えている困難さにに合わせて判断が必要となります。
年金や税金の控除、そのほか経済的な支援制度も存在します。例えば「障害基礎年金」「障害厚生年金」があり、申請の際には「初診日要件」や「保険料納付要件」などの条件が設けられています。
所得税・住民税・相続税などの軽減や医療費の助成を受けられる場合もあり、自治体によって申請手順や要件などが異なるため、自治体窓口で詳細を確認してみてください。
医師の診断書が必要になるので、かかりつけ医への相談も必要です。
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知的障害は目に見えない障害です。
特に軽度知的障害の場合、ある程度読み書きや日常生活が自力で可能なため、「軽度知的障害である」と気づきにくかったり、診断までに長い時間がかかったりする場合があります。
とはいえ「症状が軽いから放っておいて良い」ということではなく、幼少期から困難を抱えている方もたくさんいます。診断が遅れることによって、困難さを長年抱え続け、うつ病など他の精神障害を併発するケースも多いのが特徴です。
診察を受け、適切なサポートを早期に開始し、その人が抱える困難さを少しでも取り除くことが大切です。
発達に気になる点があるお子さまや、すでにASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)などの発達障害の診断を受けているお子さまの場合は、医療機関で知的障害についても相談してみて良いかもしれません。